雀の玉子とは?豆菓子の元祖は大阪?
冨士屋製菓の創業1913年(大正2年)ですので、100年以上に亘って、『雀の玉子』と職人によってなずけられた豆菓子の製造を続けてきました。全国的にも文献などが残っていな庶民の食べ物。「1粒いくらで販売をされていた」、「店先でおばちゃんが量り売りをしてくれた」「そろばんに行くなら雀の玉子を買ってあげる」なんてことがお客様の言葉で出てきます。
100年以上前に作られていた雀の玉子は戦後、まだまだ世の中にお菓子が無い頃には製造を再開し、弊社の先々代の北野留三郎がもち米の粉である寒梅粉(かんばいこ)を上手く使い、カリッと香ばしく歯ごたえのある豆菓子を製造、瞬く間に豆菓子は引っ張りだこになったそうです。
昭和30年代後半には、全国から豆菓子の作り方を教えてほしいという方々が集まり、冨士屋学校と言われるようになりました。
ピーナッツが中国の南京から良質で安く手に入ったころです。
大阪から羽ばたいた雀の玉子たち
大阪でピーナッツ(落花生)に寒梅粉(かんばいこ)というもち米の粉をかけ、焼き、醤油で味付けされた豆菓子は、色んな地方に飛び立ちました♪
関東では『おのろけ豆』という名の豆菓子になったのです。
名称はの語源はよくわからないですが、少しフォルムが雀の玉子から変身しています
冨士屋製菓では今も関東のあられ屋さんからおのろけ豆のご注文を頂き製造をしています。
九州では、『雀の学校』『雀の卵』などの名称で、豆菓子屋業界では『すずめのたまご』という名称を暗黙の了解で共有させていただいているそうです。
豆菓子の製造工程
豆を回転ドラムに入れ転がしながら寒梅粉などの粉のミックスしたものを砂糖水で巻き付ける(粉かけ又は粉まき)
何度も何度も繰り返し寒梅粉などを30分から40分かけてつけていきます(雀の玉子の例)寒梅粉の生地の層が2~3mmになると出来上がり
これはかなりの職人技です。
粉かけが終わった物を焼きます。冨士屋製菓ではガスの直火で職人がその日の気温や湿度などを考慮しながら20分くらい焼きます。絶妙のタイミングで窯から豆を出します。絶妙のタイミングは約1分程度、ここでも職人の技が必要です。
熱々の焼き上げた豆に味付けをします ここでは素早く味付けをすることが大切です。
味付けなどで水分が付いた分などを熱風乾燥機にベルトコンベアにのせながらかける
これらの3工程に分かれており、どの部分でもその日の気温、湿度、豆(ナッツ)の状態なのどに応じて職人の経験値が大切になってきます。しかし近年の夏場の気温はかなり厳しく、夏場は朝早くに豆菓子を作り終えるようにしています。
工場が大手の空調設備の整ったようなところでしたらきっともう少し簡単だとは思います。
下記のYouTubeは以前取材をしてくださった大阪テレビさんでの豆菓子製造工程です
製法を変えると様々な豆菓子に
粉のかけ方を変え、中の豆を見せる薄がけや、粉を厚かけにしわざと膨らますようにしたり、ペタッとつぶした感じにしたりすると、豆菓子の生地の部分の食感が変わるので中身の豆(ナッツ)と食感と味付けが美味しい豆菓子の仕上がりになります。
味付けはなるべくシーズニングや香料(科学的に作られた味)ではなく、本物の素材を使って味付けをするので、味付けにインパクトを感じられない事もあると思いますが、きっと普段からお料理にもこだわって素材の味を楽しまれる方でしたら、とても喜んで頂けるはず
いえ、実際にとても喜んでくださいます。
例えば春のプレミアム豆菓子の『いちごのマスカルポーネッぴー』いちご味は、フリーズドライいちごをわざわざ手でつぶし、少しいちごの実が残るような製法です。
おすすめ豆菓子のセットご紹介
人気の単品豆菓子のご紹介
他にもたくさんの単品がございます。袋のタイプもチャックが付いた50g~70g入りのもの、スティックタイプの25g~30gのもの、テトラタイプ10gがございます。一部スティックタイプ、テトラタイプでご用意できない豆菓子もありますが、まとめ買いでお得にもなりますので【豆菓子全種類】を覗いてみてください。
今も昔も変わらず豆菓子つくり
豆菓子の製法は変わらず、こだわりの部分も変わらず、しかし新しいことをこの小さな企業がスタッフ全員で挑戦していきます
製造からパック詰め、発送までを自社で行なっています。